配偶者居住権の話

 

苦学生のAさんは、旧家の娘のBさんと恋に落ち、大学を卒業し就職したのを機にBさんと結婚し社宅で新婚生活をおくっていました。

AさんとBさんの間に娘のCさんが生まれたころ、Bさんの両親が相次いで他界。Bさんはただ一人の兄弟である弟と遺産分割について話し合いました。

その結果、Bさんが近隣から「西洋屋敷」と呼ばれている実家の土地と建物を相続し、預金も含めたその余の遺産はBさんの弟が相続することになりました。

Aさん一家は西洋屋敷に引っ越し、家族仲良く暮らしていましたが、Cさんが小学6年生のときBさんは病気で亡くなってしまいました。

AさんはBさんから西洋屋敷を相続し、男手一つでCさんを育てました。Aさんは持てる愛情のすべてをCさんに注ぎ、CさんもAさんをとても慕い、AさんとCさんは近所でも評判の仲良し親子と言われるようになりました。

Cさんは大学を優秀な成績で卒業し、キャリア官僚となり、同僚の官僚と結婚し実家である西洋屋敷を出ていきました。

心にぽっかり穴の空いたAさんが職場の同い歳のDさんと相思相愛の仲になるのに時間はかかりませんでした。

Dさんの家庭は裕福ではなく借家住まいであり、Dさんは病気がちの両親の看護と年の離れた妹の世話に追われて、独身のまま過ごしてきました。

もっとも、DさんがAさんと交際を始めたころには、Dさんの両親は亡くなっており、妹も手広く商売をしている男性と結婚して家を出ていました。

やがて、DさんがAさんの住む西洋屋敷に通う頻度が増え、気が付けばAさんとDさんは半同棲の状態となり、そのことがCさんの知るところとなりました。

Cさんは、大好きな父親が母との思い出のある西洋屋敷でDさんと夫婦同然に暮らしていることにショックを覚えました。

一方で、懸命に自分を育ててくれた父もまだ50代ゆえ、これからは好きなように生きてもいいのかなという気持ちも多少はありました。

また、CさんがDさんに会ってみると明るく穏やかな女性であり、父が惹かれるのもわかるような気がしました。

CさんはAさんから「Dさんと結婚し西洋屋敷で仲良く老後を迎えたい」と聞かされました。

これで、父が老後寂しい思いをすることがなくなります。また、父に介護が必要になっても、Dさんがいれば安心できると思えば結婚に反対する理由も見当たりませんでした。

そして、AさんはDさんと再婚しました。

20年後、Aさんは病気がちになり、Aさん自身、もう長くはないのかなと思うようになりました。

そんなある日、Dさんが妹宅を訪れたとき、Dさんの妹の夫がDさんに対し、「義姉(ねえ)さん、義兄(にい)さんにもしものことがあったら、西洋屋敷はしっかりもらうんだよ。何不自由なく育って上級国民になったCちゃんなんかに西洋屋敷を渡すんじゃないよ。」と言いました。

ところが、Dさんがトイレを借りてリビングに戻ろうとしたとき、妹夫婦の会話を聞いてしまい衝撃を受けてしまいました。その内容は次のようなものでした。

「義姉(ねえ)さんが西洋屋敷を相続したら、半ぼけの義姉(ねえ)さんを騙して、西洋屋敷を担保に商売の金を借りようぜ。どうせ義姉(ねえ)さんが亡くなれば、妹であるお前が西洋屋敷を相続するんだから」

「義兄(にい)さんが亡くなって、姉ちゃんが西洋屋敷を手に入れたら、間髪入れずに姉ちゃんも天国に行ってくれるといいんだけど。そしたら西洋屋敷を高値で売れるんだけどね。」

一方、Cさんも、Aさんが亡くなったときの相続について悩んでいました。

Aさんの主な遺産は西洋屋敷のみです。高齢となったDさんが他に住居を求めるのは困難であり、Dさんは、Aさん亡き後も西洋屋敷で暮らしていたいでしょう。

ただ、Cさんからすれば、西洋屋敷をDさんが相続すると、Dさんが亡くなった後、Dさんの妹が母との思い出のある西洋屋敷を相続することになります。

そのような事態はCさんにとって心情的に許せるものではありません。

CさんがDさんに、Aさんが亡くなった後の相続のことを話すと、Dさんは次のように言いました。

「生きている間、お屋敷に住めればいいの。お屋敷はCさんが相続すればいいわ。ただ、Aさんが亡くなると、妹夫婦が遺産のことに口出しするのが心配なの。」

CさんとDさんは思い切って、Aさんに、Aさんが亡くなった後の相続のことを話してみました。

すると、Aさんから民間のADRに相談してみようとの提案があり、AさんはADRに事前相談の予約のメールを入れました。

ADRとの相談日、AさんはCさんに手伝ってもらってZOOMの設定をし、自宅からパソコンからADRの担当者と話をしました。

そうしたところ、目から鱗の解決策を示されました。

それはCさんに西洋屋敷を相続させ、Dさんには配偶者居住権を遺贈するという遺言を残すことです。

そうすれば、以下のようなメリットがあるということでした。

・Dさんは生きている限り無償で西洋屋敷に住むことができる

・Dさんが亡くなればDさんの配偶者居住権はなくなり、Cさんが相続で取得した西洋屋敷は配偶者居住権の負担のないものになる

・遺言があれば遺産分割の必要がなくなるのでDさんの妹夫婦がDさんに対し無理筋の圧力をかけてくることもない

AさんはADRの担当者と十分に話し合った結果、公正証書遺言を残そうと考え、ADRの担当者にそのことを伝えました。

そして、AさんはZOOMで、ADRの担当者の指導の下、遺言書の原案を作成しました。

そして、ADRの担当者から公証役場に連絡してもらい、公証証書遺言を作成する日を予約しました。

後日、AさんはADRの担当者とともに公証役場に赴き、ADRに用意してもらった証人2人の立会の下、配偶者居住権について書かれた公正証書遺言を作成したのでした。


コメント

配偶者居住権は令和になって新しくできた制度です。

その内容は故人が亡くなった時に、故人の所有していた建物に居住していた故人の配偶者が、生きている限り建物に無償で住み続けることができる制度です。

そして、建物は配偶者以外の相続人が取得し、故人の配偶者が生きている間は建物の使用を認めることになりますが、故人の配偶者が亡くなれば配偶者居住権が消滅して建物を自由に使用することができるようになります。

なお、配偶者居住権は登記されることにより配偶者居住権の存在は第三者に対しても明らかとなります。

このように配偶者居住権は、主な遺産が故人の所有する不動産しかなく、そこに故人の配偶者(特に高齢者)が居住しているときに検討する価値のある遺産分割の方法となります。

故人の配偶者を含めた相続人の間で遺産分割協議をし、故人の配偶者に配偶者居住権を取得させることもできます。

しかし、故人が生きているときに配偶者に配偶者居住権を遺贈するという遺言を残す方が、将来の遺産争いを防ぐ意味で有意義といえましょう。

相続人でもない親族が、いろいろな思惑から遺産分割協議にあれやこれやと口出しをしてくることは珍しくなく、そのような事態を防ぐためにも遺言を残すことは意味のあることだと思います。