熟年再婚後本性を現した夫 配偶者短期居住権(≠配偶者居住権)の話
Aさんは、若くして結婚し、女児をもうけましたが、夫のDVに悩まされていました。
そして、苦労の末離婚し、以後、公営住宅で娘を育ててきました。
やがて、一人娘は社会人となりAさんの下を離れて社宅で暮らしていました。
Aさんが還暦を過ぎたころ、古稀を過ぎたBさんと出会いました。
Bさんは、物腰の柔らかいダンディな紳士で、Aさんを車でいろいろな場所に連れて行き、上品な会話でAさんを楽しませてくれました。
ある日、BさんはAさんに告白しました。
「私は過去に結婚し、成人した息子が一人います。結婚当初から妻に暴力を振るわれていました。2年前、私の作った料理の味が薄いと言って、妻からまな板の角で頭を殴られて失神し、搬送された病院が警察に通報して妻が逮捕され、これを機に妻と離婚することができました。こんなダメ男ですが、老後をAさんと共に過ごしたいです。」
Bさんの告白を受けたAさんは、自分と同じく配偶者のDVに悩まされてきたBさんのことを愛おしく思い、Bさんとの結婚を決意しました。
AさんはBさんと結婚し、二人はBさんの持ち家で暮らすようになりました。
しかし、幸せな日々は長くは続きませんでした。
物腰の柔らかいダンディなBさんはどこかにいってしまい、Aさんに箸の上げ下げまで注意するようなりました。
Aさんが不満そうな顔をしようものなら、まな板の平面部分でAさんが失神しない程度に叩くようになったのです。
そうした日々の中で、Aさんは、Bさんが前妻と離婚したのは前妻のDVではなく、BさんのDVが原因だと知るに至りました。
Bさんは前妻の作った料理の味が薄いと言って、前妻の頭をまな板の角で殴って失神させ、前妻が搬送された病院が警察に通報してBさんが逮捕され、これを機にBさんの前妻はBさんと離婚することができたのでした。
BさんがAさんに語ったエピソードは、真逆だったのです。
そんなある日、Bさんが長期入院することとなり、AさんはBさんの家で平穏な日々を送るようになりました。
ある日、入院中のBさんはAさんを病院に呼びつけて耳を疑うようなことを言いました。その内容は以下のとおりです。
「家政婦を雇うより安上がりだと思ってお前と結婚したが、お前は飯は人一倍食うのに、家事は半人前だ。俺が死んでもお前には一銭も渡さない。全財産を俺の息子に相続させるとの遺言を作って、息子に渡してある。息子は家を欲しがっているので俺が死んだらすぐに俺の家から出ていけ。」
それを聞いたAさんはショックと不安でいっぱいでしたが、何か対策を考える間もなく、Bさんが亡くなりました。
Bさんが亡くなってから間もなく、家庭裁判所から遺言書検認手続の呼出しがありました。
定められた期日にAさんが家庭裁判所に赴くと、Bさんの息子も来ていました。
遺言の内容はBさんが話したとおりでした。
そして、AさんはBさんの息子からBさんの家からの立ち退きを求められるとともに、立ち退くまでの間、家賃を支払ってほしいと言われました。
困ったAさんが娘にBさんの遺言の話をすると、娘から民間のADRに相談してみればとの提案があり、娘からADRのパンフレットを渡されました。
AさんはADRに予約のメールを入れました。
ADRとの相談日、Aさんは娘にZOOMの設定を手伝ってもらい、自宅からZOOMでADRの担当者と話をし、そこで救いとなる話を聞きました。
それは、Aさんには配偶者短期居住権があり、最低でも6か月は無償でBさんの家に住めるということと、Aさんには遺留分があるということ、Bさんの息子が了解すればADRで民間調停を行えるということでした。
AさんがADRでの民間調停の申立てをしたところ、Bさんの息子は民間調停での話し合いに応じてくれることとなりました。
ADRでは、働いているBさんの息子の便宜を図って、平日の夜や土日にZOOMで調停が開かれることとなりました。
調停の席で、Bさんの息子は「父から、『Aさんにひどい目にあわされている』と聞いていました。ですので、Aさんには悪い印象しかありません。」と話した。
調停人が間に入り、Bさんの息子がAさんと冷静に話し合った結果、Bさんの息子は暴力を振るっていたのはAさんではなくBさんであることを知りました。
Bさんの息子は、自分の母と同じくAさんもBさんの暴力に悩んでいたのかと思うと、Aさんが困らないような解決を望むようになりました。
そして、ADRの調停において、Aさんが遺留分をあきらめる代わりにBさんの息子はAさんに遺留分に相当するだけの金銭を解決金として支払う、AさんはBさんの一周忌までにBさんの家を退去し、それまでは無償でBさんの家に住めるという内容で合意することができました。
コメント
今回の事例のように故人が配偶者と居住していた建物を、配偶者以外の者に遺贈した場合、配偶者には配偶者短期居住権が成立します。
そして、建物の遺贈を受けた者が故人の配偶者に対し、配偶者短期居住権の消滅の申入れをした時から6か月を経過するまでは、故人の配偶者は無償で建物に住み続けることができます。
このように配偶者短期居住権は、故人が配偶者への配慮のない遺言を残したとしても、最低でも6か月間は無償で建物に居住することができ、配偶者が転居の準備ができるように保護する制度です。
配偶者短期居住権の制度を知らないと、故人の配偶者は、建物の遺贈を受けた者に追い立てられて、慌てて引っ越しをしてしまうことがあります。
遺産をめぐる紛争が生じたときは、ADRに相談してみるのもいいかもしれません。ADRへの相談やADRでの調停はZOOMでも行うことができます。
そして、紛争の相手方がADRの調停に応じてくれれば、第三者の調停人が介在することにより解決の糸口が見つかるかもしれません。