相続欠格(相続資格の喪失)
相続欠格(相続資格の喪失)
既に100歳を超えたAさんの母は実家の立派な屋敷に1人で住んでおりました。Aさんは夫とともに実家の近くのマンションに住み、母の面倒を見に毎日実家に通っていました。
Aさんの母は、実家以外に隣町に借り手のいない空き地を所有していました。Aさんには独身の弟のBさんがいました。Bさんは古希を過ぎても色恋にうつつをぬかし、女性の家に居候をし、母に小遣いをせびるような羽毛よりも軽い男でした。そんな残念な弟でもなぜか手先だけは器用でした。
やがて、Aさんの母は心臓の病により入院し、実家にはAさんの母が飼っていた猫が一匹残されました。
Aさんの住むマンションはペット禁止のため、Aさんは夫とともに日々実家に赴いて、猫の世話をしていました。Aさんが実家の居間にキャットタワーを設置したところ、猫はこれをいたく気に入り四六時中キャットタワーを昇り降りしていました。
Aさんの母は入院して3か月後、誤嚥性肺炎によりこの世を去りましたが、Bさんは母の見舞いに一度も来ませんでした。
さすがにBさんは母の葬儀の席に現れましたが、葬儀が終わるや、Aさんに「姉ちゃん。早く遺産を分けようぜ。」という始末であり、その後も日々LINEでAさんに遺産分割の催促をしていました。
母が亡くなって3週間後、Aさんの夫の母親も天寿を全うし、Aさんと夫は遠くの夫の実家に赴くこととなり、1週間程度留守にせざるを得ませんでした。
実家の猫のことが心配の種でしたが、Aさんの子どもはいずれも海外に赴任しており、猫の世話を頼める状況にありません。そこで、Aさんは駄目もとで、Bさんに事情を話したところ、意外にも快く引き受けてくれたのです。
Bさんは、実家で寝泊まりをして猫の世話をすると言ってくれたので、AさんはBさんに実家の鍵を渡しました。
BさんはAさんとその夫を見送ると、嬉々として実家に入りました。そして、金目の物がないかと家中の引出しという引出しを引き抜いて探したのですが、徒労に終わりました。
ふとBさんが引出しを抜いた後の仏壇を見ると、引出しがはまっていた空間の奥に封筒が落ちていました。おそらく母が引出しの一番上に置いていた封筒が、引出しの出し入れの際に後ろに落ちたのでしょう。
Bさんがその封筒を取り出すと、表には「遺言」とはっきり書かれていました。Bさんは、封筒を居間のテーブルの上に置き、しばらく思案したあげく、何が書いてあるのか見てやろうと思い、ドライヤーの温風で封をしていた糊を柔らかくして開封し、中に入っていた便箋を取り出しました。そこには、母の字で「Bには別紙不動産目録記載の不動産を相続させる。その余の財産はすべてAに相続させる。遺言執行者としてAを指定する。」とあり、不動産目録には隣町の空き地が記載されているだけでした。
母から無価値の土地しか貰えないことを知ったBさんは憤慨し、遺言書を改ざんしてやろうと思いました。そして、とてつもない集中力と細心の注意を払い、遺言書の別紙不動産目録の空白部分に母の字体を真似て実家の土地と建物を丁寧に書き加えました。
その間、実家の猫がキャットタワーからBさんをずっと睨むような目で見ていました。Bさんは遺言書の改ざんが終わると、思わず「見事に遺言書を偽造できた!これで実家は俺のものだ!」と大声で叫びました。そして猫に向かって「お前は保健所行きだ。」とほくそ笑むのでした。
それから、改ざんした遺言書を封筒に戻し糊で元通り封をし、「母の遺言書が見つかった。戻ってきたら、一緒に家庭裁判所に行って遺言書の検認手続きの申立てをしよう。」と封筒の写真を添えてAさんにLINEで伝えました。
検認手続きの期日に出頭したAさんは、遺言書の不動産目録の記載になんとなく違和感を覚えました。そのため、相続手続を急ぐBさんに対し、遺言執行を弁護士に頼みたいのでちょっと待って欲しいと告げたのです。
間もなく、Aさんは弁護士と相談の上、Bさんを被告として相続権不存在確認の訴えを起こしました。その内容は、遺言書を偽造したBさんには相続欠格事由があり、母の相続において相続人にはなれないというものでした。
訴状を受け取ったBさんは、あわててAさんにLINE電話をし、「いったいどういうつもりだ。」と怒鳴りました。Aさんは落ち着いて「猫がすべてを見ていた。」とだけ言って電話を切りました。
Bさんは、まさか猫を証人にでも出すつもりなのか、偽造の証拠なんか見つかるわけがないと高を括っていました。そして裁判が始まり、Aさんの弁護士はSDカードを証拠として提出しました。
実はAさんの母が亡くなった後、母が飼っていた猫のことを心配したAさんは、実家の居間にペットカメラを設置しており、SDカードはその録画データだったのです。そして、法廷で再生されたSDカードには、遺言書を改ざんするBさんの姿と雄叫びがはっきりと録画されていました。
裁判はBさんの完敗でした。相続人の資格を失ったBさんは母の遺産から1円も受け取ることはできませんでした。
ところで猫はどうなったかって?
心配しないでください。母が飼っていた猫は実家に引っ越してきたAさん夫婦と幸せに暮らしましたとさ。
コメント
物騒な話ですが、故人(被相続人)を殺害した者は相続人の資格を失います。故人がその者に遺産を遺贈する旨の遺言をしていたとしても、受け取ることはできません。遺留分もありません。これを相続欠格といいます。
故人の生前に故人を騙したり脅したりして遺言を書くのを妨害したり、あるいは遺言を書かせた者も相続人の資格を失います。そして、今回の事例のように遺言を勝手に書き換えたりした者も相続人の資格を失います。
故人の死後、相続人が遺言書を発見したときは開封せずに家庭裁判所で検認手続をする必要があります。検認手続がなされることにより、遺言が改ざんされるのを防ぐことができますが、検認手続前に改ざんされるのを防ぐことはできません。
故人が遺言を書いても発見してもらえなかったり、心の汚れた相続人に隠されたりするおそれがあることから、遺言については公正証書遺言もしくは遺言書保管制度を利用し、遺言書の存在を信頼できる相続人(推定相続人)に伝えておくことをお勧めします。
なお、公正証書遺言と遺言書保管制度を利用して法務局に保管されている自筆証書遺言については、故人が生きている間は相続人(推定相続人)が遺言を見ることはできず改ざんのおそれもないため家庭裁判所の検認の手続は不要です。
遺言認知-死後に現れる隠し子
遺言認知-死後に現れる隠し子
Aさんは江戸時代から続く老舗和菓子屋の七代目の店主です。
都内一等地に敷地800坪の有形文化財に指定された芸術的価値の高い木造三階建の店舗兼住居の屋敷を構えています。
「東にこの店あり」と言われるほどの評判の店で、客足が絶えることはありませんでした。
Aさんは、その高貴な風貌と職人の腕に惚れた仕入先の豆屋の娘のBさんの猛攻により、Bさんと結婚することになりました。
やがて、AさんとBさんの間には二人の息子が生まれ、いずれもすくすくと育ちました。
息子たちは他所で修行を積み、立派な和菓子職人に成長してAさんの下に戻ってきました。
Aさんは還暦を迎えた頃には店を二人の息子に任せ、悠々自適の日々を送るようになりました。
そんな折、お嬢様学校として有名な女子大学の栄養学科から声がかかり、Aさんは客員教授として和菓子の文化や歴史を教えるようになりました。
もともと歌舞伎役者のような顔立ちと上品な所作のAさんは、イケオジとして学生の間で絶大な人気を誇りました。
今まで和菓子一筋で全く遊んだことのないAさんでしたが、大学で若い女性たちに囲まれる日々を送り、まるで若返ったように生き生きと生活をしていました。
しかし、気持ちとは裏腹に、古希を目前に癌に罹患し、あっという間に亡くなってしまいました。
Aさんが亡くなって数か月
CさんはD君に「お母さんと一緒に仏様を拝みましょう。」と言ってAさんが祀られている仏壇に線香をあげて手を合わせました。
そして、Bさんに向かって「大学では先生には沢山のことを教えていただきました。そのお蔭で和菓子に惹かれ、先生の伝手で和菓子業界の大手の会社に就職もできました。現在は、和菓子に囲まれる毎日を送っています。」と話しました。
座敷に座っていたBさんは、自分の前に座布団を二つ並べ、大学でのAさんのことを色々聞かせて欲しいのでCさんとD君に傍に座るようにと言いました。
そして、BさんとCさんはAさんの思い出話に花を咲かせました。やがて話題が尽きるころ、Cさんが言いました。
「先生から本当に多くのことを授かりました。感謝しかありません。」
「授かる」という言葉に微妙なニュアンスを感じたBさんは、Cさんに尋ねました。
「あなたが夫から授かったもので一番のものは何?」
Cさんは手元の風呂敷包みをほどきました。中からエルメスのバーキンが出てきました。
Bさんが言いました。
「それが夫からもらった一番のものなんですか?」
するとCさんはゆっくりと顔を横に振り、D君を膝の上に抱き上げて言いました。
「違います。この子です。」
そして、Cさんはバーキンの中から公正証書を取り出しました。それはAさんの遺言であり、そこにはD君を自分の子として認知すると書かれていました。
さらに、Cさんは追い打ちをかけるように言いました。
「Dも相続人です。もし遺産分割が終わっているならやり直してもらわないと。ところでこの屋敷いくらぐらいするのかしら。10億は下らないわよね。」
肝の据わったBさんは仏壇の引出しから書類を出し、Cさんを睨みつけて言いました。
「ほら御覧、こちらにも家庭裁判所の検認を得た夫の遺言書があるわよ。全財産を私に相続させるという夫の遺言よ。」
このとき、Bさんは知りませんでした。D君に遺留分があることを。
コメント
妻以外の女性との間に子をもうけた男性は、その子を認知することにより、法律上の親子関係が生じることになります。そして、子の父親は、遺言で認知することもできます。
遺言による認知は、遺言者の死亡により効力を生じます。遺言執行者(遺言により指定されている場合と家庭裁判所に選任してもらう場合があります。)が市区町村役場に認知の届出をすることになります。
愛人から子の認知を迫られた浮気夫が、認知すれば、妻に不倫の事実どころか子までもうけた事実がばれて妻から激しく責められることになり、どうしていいか必死で悩んだ末に公正証書遺言で認知をすることにして愛人に納得してもらうことがあります。
そして、お察しのとおり、浮気夫の死後、遺言による認知を相続人らが知ることになり、大混乱となり、激怒した妻が夫の骨壺を蹴とばすことすらあります。
今回の事例では、Aさんは妻のBさんが怖くて生前にD君を認知することができず、遺言で認知したのでしょう。でも、やっぱりBさんに申し訳ない気持ちがあったのか、全財産をBさんに相続させるという遺言を残したのでしょう。
でも、D君には遺留分があります。D君の法定相続分は6分の1ですのでD君の遺留分は12分の1となります。
D君がBさんに対して、遺留分の請求(遺留分侵害額請求)をすれば、BさんはD君にそれなりの額を支払わざるを得なくなります。
結局、Aさんは、CさんやD君に対しては、それなりに責任を果たしたといえても、Bさんに対しては、無責任男といえるかもしれません。
解決のイメージ
では、このケースをADRを利用して解決する場合、どんな話し合いができるでしょうか。
例えば、自宅及び店舗等の不動産が相続財産の大部分を占める場合、12分の1であっても、現金で代償分割することが難しいかもしれません。
そうなると、自宅や店舗を売らざるを得なくなり、Bさんはもちろんのこと、和菓子屋で働く従業員の生活にまで影響が出てしまうかもしれません。
そして、何より、先代に愛人がいて、子どもまでいることを世間に知られたくないと思うでしょう。
一方で、Cさん・D君の一番の目的は何でしょうか。それはおそらく「お金」です。そのため、総額が12分の1より多くなれば、代償分割が一括ではなく分割で支払われることを受け入れるかもしれません。
でも、きっと第2、第3のニーズもあるはずです。例えば、社会的地位です。元愛人もしくはその子どもとしてひっそり生きていくのではなく、実子として対等に扱ってほしいとか、将来は和菓子屋で働きたいといったニーズがあるかもしれません。
もしくは、裁判でお金や時間をかけて争うのは大変だから、穏便かつ迅速に解決できるのであれば、きちんと12分の1でなくてもいい、という場合もあるかもしれません。
ADRでは、こうした双方のニーズを掘り起こし、両者の納得が最大になる解決策を探していくことになります。