遺言認知-死後に現れる隠し子

Aさんは江戸時代から続く老舗和菓子屋の七代目の店主です。

都内一等地に敷地800坪の有形文化財に指定された芸術的価値の高い木造三階建の店舗兼住居の屋敷を構えています。

「東にこの店あり」と言われるほどの評判の店で、客足が絶えることはありませんでした。

Aさんは、その高貴な風貌と職人の腕に惚れた仕入先の豆屋の娘のBさんの猛攻により、Bさんと結婚することになりました。

やがて、AさんとBさんの間には二人の息子が生まれ、いずれもすくすくと育ちました。

息子たちは他所で修行を積み、立派な和菓子職人に成長してAさんの下に戻ってきました。

Aさんは還暦を迎えた頃には店を二人の息子に任せ、悠々自適の日々を送るようになりました。

そんな折、お嬢様学校として有名な女子大学の栄養学科から声がかかり、Aさんは客員教授として和菓子の文化や歴史を教えるようになりました。

もともと歌舞伎役者のような顔立ちと上品な所作のAさんは、イケオジとして学生の間で絶大な人気を誇りました。

今まで和菓子一筋で全く遊んだことのないAさんでしたが、大学で若い女性たちに囲まれる日々を送り、まるで若返ったように生き生きと生活をしていました。

しかし、気持ちとは裏腹に、古希を目前に癌に罹患し、あっという間に亡くなってしまいました。

Aさんが亡くなって数か月経ったある日。閉店後の店に三十路手前の和服美女のCさんが息子のD君を連れて風呂敷包みを持って弔問に訪れました。Aさんの教え子だったというCさんの傍らでD君が不思議そうにBさんを見上げています。

CさんはD君に「お母さんと一緒に仏様を拝みましょう。」と言ってAさんが祀られている仏壇に線香をあげて手を合わせました。

そして、Bさんに向かって「大学では先生には沢山のことを教えていただきました。そのお蔭で和菓子に惹かれ、先生の伝手で和菓子業界の大手の会社に就職もできました。現在は、和菓子に囲まれる毎日を送っています。」と話しました。

座敷に座っていたBさんは、自分の前に座布団を二つ並べ、大学でのAさんのことを色々聞かせて欲しいのでCさんとD君に傍に座るようにと言いました。

そして、BさんとCさんはAさんの思い出話に花を咲かせました。やがて話題が尽きるころ、Cさんが言いました。

「先生から本当に多くのことを授かりました。感謝しかありません。」

「授かる」という言葉に微妙なニュアンスを感じたBさんは、Cさんに尋ねました。

「あなたが夫から授かったもので一番のものは何?」

Cさんは手元の風呂敷包みをほどきました。中からエルメスのバーキンが出てきました。

Bさんが言いました。

「それが夫からもらった一番のものなんですか?」

するとCさんはゆっくりと顔を横に振り、D君を膝の上に抱き上げて言いました。

「違います。この子です。」

そして、Cさんはバーキンの中から公正証書を取り出しました。それはAさんの遺言であり、そこにはD君を自分の子として認知すると書かれていました。

さらに、Cさんは追い打ちをかけるように言いました。

「Dも相続人です。もし遺産分割が終わっているならやり直してもらわないと。ところでこの屋敷いくらぐらいするのかしら。10億は下らないわよね。」

肝の据わったBさんは仏壇の引出しから書類を出し、Cさんを睨みつけて言いました。

「ほら御覧、こちらにも家庭裁判所の検認を得た夫の遺言書があるわよ。全財産を私に相続させるという夫の遺言よ。」

このとき、Bさんは知りませんでした。D君に遺留分があることを。


コメント

妻以外の女性との間に子をもうけた男性は、その子を認知することにより、法律上の親子関係が生じることになります。そして、子の父親は、遺言で認知することもできます。

遺言による認知は、遺言者の死亡により効力を生じます。遺言執行者(遺言により指定されている場合と家庭裁判所に選任してもらう場合があります。)が市区町村役場に認知の届出をすることになります。

愛人から子の認知を迫られた浮気夫が、認知すれば、妻に不倫の事実どころか子までもうけた事実がばれて妻から激しく責められることになり、どうしていいか必死で悩んだ末に公正証書遺言で認知をすることにして愛人に納得してもらうことがあります。

そして、お察しのとおり、浮気夫の死後、遺言による認知を相続人らが知ることになり、大混乱となり、激怒した妻が夫の骨壺を蹴とばすことすらあります。

今回の事例では、Aさんは妻のBさんが怖くて生前にD君を認知することができず、遺言で認知したのでしょう。でも、やっぱりBさんに申し訳ない気持ちがあったのか、全財産をBさんに相続させるという遺言を残したのでしょう。

でも、D君には遺留分があります。D君の法定相続分は6分の1ですのでD君の遺留分は12分の1となります。

D君がBさんに対して、遺留分の請求(遺留分侵害額請求)をすれば、BさんはD君にそれなりの額を支払わざるを得なくなります。

結局、Aさんは、CさんやD君に対しては、それなりに責任を果たしたといえても、Bさんに対しては、無責任男といえるかもしれません。


解決のイメージ

では、このケースをADRを利用して解決する場合、どんな話し合いができるでしょうか。

例えば、自宅及び店舗等の不動産が相続財産の大部分を占める場合、12分の1であっても、現金で代償分割することが難しいかもしれません。

そうなると、自宅や店舗を売らざるを得なくなり、Bさんはもちろんのこと、和菓子屋で働く従業員の生活にまで影響が出てしまうかもしれません。

そして、何より、先代に愛人がいて、子どもまでいることを世間に知られたくないと思うでしょう。

一方で、Cさん・D君の一番の目的は何でしょうか。それはおそらく「お金」です。そのため、総額が12分の1より多くなれば、代償分割が一括ではなく分割で支払われることを受け入れるかもしれません。

でも、きっと第2、第3のニーズもあるはずです。例えば、社会的地位です。元愛人もしくはその子どもとしてひっそり生きていくのではなく、実子として対等に扱ってほしいとか、将来は和菓子屋で働きたいといったニーズがあるかもしれません。

もしくは、裁判でお金や時間をかけて争うのは大変だから、穏便かつ迅速に解決できるのであれば、きちんと12分の1でなくてもいい、という場合もあるかもしれません。

ADRでは、こうした双方のニーズを掘り起こし、両者の納得が最大になる解決策を探していくことになります。