親から預金の管理を頼まれたら注意すること

10年前に夫に先立たれたAさんは郊外の持ち家に一人で暮らしていましたが、齢90歳となり足腰も衰え、炊事、洗濯といった家事をするのも難しい状態となっていました。

Aさんには同じ市内に住む長女のBさんと、実家から遠く離れた町に住む二女のCさんがいました。

Bさんは、年寄りの相手をすると生気を吸い取られると言って実家に近寄りませんでした。

見兼ねたCさんは、夫のDさんと一緒に、毎週末、新幹線を利用して実家に行き、遠距離介護をしていました。

Cさんは大雑把で整理整頓が苦手であり、対照的にDさんは几帳面で生真面目であり、Dさんも、ときどきCさんと一緒にCさんの実家に行き、掃除や庭の雑草取りをしていました。

ある日、CさんがBさんにLINEで、たまには母の様子を見に行って親孝行したらどうかと伝えたところ、いい子ぶりやがって妹の分際で姉に説教するなと返ってきました。

やがて、近くの銀行に行くのもおぼつかなくなったAさんは、Cさんに家計の管理を任せるようになり、年金が入る通帳とキャッシュカードをCさんに渡しました。

Cさんは、平日の昼間、勤務先の近くの銀行でAさんの口座からお金を引出し、週末に実家に行ったとき、引き出したお金でAさんに頼まれた食料や日用品を買ったり、実家の光熱費等の支払手続をしていました。

Cさんは、母は90歳になっても医療費以外にも市販薬や健康食品等の購入で結構費用がかかるんだなと実感するようになりました。

Cさんは、Aさんの口座から引き出したお金の使途について、特段、家計簿等をつけるわけでもなく、領収書やレシートは自宅の机の引出しに無造作に放り込み、年末の大掃除のときにまとめてDさんに渡して捨てるように頼んでいました。

CさんはDさんから、Aさんの預金の管理は厳格にやらないとだめだよとよく注意されていましたが、その都度Dさんのことを鬱陶しく思っていました。

そして、100歳まであと10日というときにAさんが亡くなりました。

CさんはDさんと一緒に死後の手続きや葬儀の手配をしましたが、Bさんは全く手伝わず、葬儀にも寝坊して遅れてくる始末でした。

ただ、葬儀の後、BさんはCさんに遺産の分け方についてしっかり尋ねてきました。

Cさんが、Aさんの預貯金を2等分し、実家の土地建物は一旦BさんとCさんの共有にして、Cさんが実家の後片付けをして不動産業者に売却を依頼し、売れた代金から仲介手数料等の経費を引いて2等分するという案を提示したところ、意外にもBさんはCさんの提案をすんなりと受け入れました。

Cさんは四十九日の法要の日にAさんの遺骨を納骨することを決め、LINEでBさんの都合を確認して日程を決め、菩提寺への連絡も行いました。

そして、四十九日の法要の日、Aさんの遺骨を抱えて菩提寺の縁側に座っていたCさんは眠気を催し頭を垂れていました。

ふと何かの気配を感じてCさんが頭をあげると眼前に恐ろしい形相をしたBさんが立っていました。Bさんは、Cさんに向かって、聞くに堪えない言葉を浴びせました。

「あなた、お母さんの預金をネコババしたのね。銀行で取引履歴を取ってきたら、お母さんが死ぬまでにいっぱいお金が引き出されていたのよ。90過ぎたお母さんがこんなにお金を使うわけがない。あなたが少しずつ抜き取ったのね、なんて厚かましい泥棒ネコなの。」

Bさんと冷静な話し合いは無理だと感じたCさんは、ADRでの調停を利用し、調停人という第三者を介して、Aさんの預金の引出しについてBさんの理解を得ようと考え、ADRに調停を申し立てました。

そして、Cさんは、ADRの調停に応じたBさんと、互いにZOOMで調停を行うことになりました。

ADRの調停の日程が決まった後、Cさんは、Dさんに、ぼそっと呟きました。

「調停の席で、姉が、母の預金の使途についていろいろ聞いてくると思うわ。あなたが言うように母の預金の管理を厳格にしておくべきだったわ。」

すると、Dさんは、ノートパソコンを取り出し、ノートアプリを開きました。その中身を見てCさんは驚くやら嬉しくなるやらでした。

なんと、そこには、日記形式でCさんが行った介護の具体的内容やAさんの預金の出金と使途が詳細に記載され、すべての領収証とレシート類がPDFファイル化されて添付されていたのです。

むろん、ADRの調停では、Dさんの作成した資料を見たBさんは、CさんによるAさんの預金の管理が適正なものであったことを理解し、Cさんのことを誤解していたことを謝罪したのでした。

コメント

親の介護をしたくない子どもは、介護を担っている兄弟姉妹に対し介護の仕方に口をはさむことはしません。

ところが、親が亡くなり、介護の問題が自然消滅すると、遺産分割の話し合いの席で、介護から逃げていた子どもが、介護を担った子どもに対し、介護の仕方が悪いとか、親を虐待したとか、親の預金を勝手に使っただろうとか、憶測に基づいていろいろなクレームを言ってくることが少なからずあります。

親の介護を担った子どもは、このような事態を予測して、介護の状況や、親の金銭の管理について、適宜、親の介護をしていない兄弟姉妹に報告しておくことが得策といえます。

また、大きな金銭の出費については、領収書類を保管しておくことをお勧めします。レシート類は月日が経つと印字が消えるため、写真もしくはPDFにして保存するのが望ましいといえます。